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大垣 宏介 - フィリピン 台風復興支援(建築)

私は2014年9月から11月の9週間、フィリピンでおこなわれている災害復興支援ボランティアに参加してきました。今回が初の途上国への渡航でしたが、ボランティア活動をしながら現地で暮らし、多くの人に出会うことの出来たこの2か月間はとても有意義なものでした。

東日本大震災後、被災地でおこなっていたボランティア活動を通じて、知らない土地に1人で行き、ボランティアとして現地で暮らし様々な人に出会うことに楽しみを感じていた私は、海外途上国でのボランティアにも興味を持ち始めていました。渡航の4か月ほど前から、インターネットでボランティア団体等を調べ、単独でも行けること、期間が自由に選べることからプロジェクトアブロードにひかれ、説明会や横浜オフィスでの個別面談に参加しました。プロジェクトは、大学で建築を学んでいることもあり、学校の復旧や家の建設をおこなっているフィリピンでの災害復興支援ボランティアを選択しました。

ボランティア活動の内容は、セブ島の北部にあるボゴという小さな田舎町で、2013年にフィリピンを襲った巨大台風「ヨランダ」によって家を失った人のために、ブロック作りの家を建設するというものでした。

作業は家の基礎作りから始まり、ブロックを積んでの壁づくり、コンクリートを打っての床づくり、最後に屋根を載せます。これら全ての作業をボランティアと現地の大工さんが一緒になっておこないます。フィリピンでは日本の工事現場とは違い、電気機械等はほとんどないので、全て人の手でおこないます。型枠を使って土からブロックをつくったり、シャベルを使ってセメントと土を練ってコンクリートをつくったり・・・日本では経験できないことがいくつもありました。更に、トラック等もほとんどないので、全て人の手で運ばなければいけません。水をバケツで運んだり、重いブロックや40キロもするセメントの袋を肩にかついだりしなければいけません。しかもそういったキツい作業を日本の真夏と同じような気候でおこなうので、作業自体は体力を使うものも少なくありませんでした。

ただ、現場にいるアブロードのスタッフやフィリピン人の大工さん達はとても優しく、常にボランティアの安全や体調管理に気を配ってくれていました。飲料水や食べ物は現場に十分に提供され、休憩をこまめにとるので、女性を含めどのボランティアも無理せず活動をおこなっていました。一つの家を建てるのに約3週間かかり、この活動は2015年12月頃まで続くそうです。私が活動していた期間はボランティアが少なく、常に6,7人のボランティアしかいませんでした。ボランティアが多ければ多い程、家の建設が進み、被災者に早く家を提供できます。今後多くのボランティアが参加されることを願っています。

現地ではフィリピン人のホストファミリーの家にホームステイしていました。私が泊まっていた家の方々はとても優しく、常に家族のように接してくれました。食事も毎日一緒に食べ、家族の行事や地域の行事があるときは必ず連れて行ってくれました。「フィエスタ」と呼ばれる親戚や近所の人を集めてのホームパーティーに参加したり、フィリピン人の大好きなカラオケを一緒に楽しんだり・・・2か月間でフィリピンの大衆文化を十分に味わうことが出来ました。ホストファミリーの方には本当に感謝しています。

フィリピンの食事は、基本的に、白いご飯に肉や魚料理のおかず、というものです。白いご飯もパサパサとしたものではなく、日本のお米に近いものでしたので、日本人であれば全く問題ないと思います。またボゴはとても平和な田舎町で、人々が皆親切であることを考えると日本よりも治安がいいと感じました。夜に1人でまちを歩いていても問題ありませんでした。

は2か月間で、他のボランティアともそうですが、一緒に働いていたフィリピン人の大工さん達と特に仲良くなりました。彼らの多くは英語が話せません。私自身も英語が堪能ではなかったので、それ程多くの会話を交わしたわけではありません。しかし2ヶ月も一緒に汗を流していると言葉は無くとも自然と仲良くなりました。彼らが知っている簡単な英単語、そして私が覚えたほんの少しの現地語。それで十分でした。彼らとはよく夜一緒にお酒を飲みに行ったり、ダンスをしに行ったりしました。彼らは日本人からみるととても質素な、ともすれば貧しい生活をしています。靴を買うお金がないのでサンダルで仕事をし、トタン板を張り合わせたような家に住んでいます。でも最低限の衣食住は揃っていて家族がお互いを大事にして住んでいます。なにより日本人よりも多くの笑顔がありました。彼らは貧乏だけれども貧困ではない、そしてきっと幸せなのだろうな、と感じました。

私が日本に帰る3日程前が私の23歳の誕生日でした。その夜、ホストファミリーやボランティアが誕生日パーティーを開いてくれました。そしてそこに、一緒に働いてきたフィリピン人の大工さん達が家族を連れて大勢参加してくれました。40人近くの盛大なパーティーになりました。皆でお酒を飲んで、歌って踊って・・・。そしてホストファミリーのお母さんが教えてくれました。

彼ら大工さん達にとっては家からここまで来る交通費だけでも大きな出費。だからあなたの為にここまで大勢の大工さんが来てくれたこと、あなたは誇りに思いなさい。」

英語が堪能ではなく、他のボランティアとの意思疎通等での苦労も多かったですが、この一言で全てが報われました。2ヶ月間の最後に本当に楽しい夜でした。

本当に素敵な人々に囲まれて、人生の一コマになるフィリピンへの旅でした。

大垣 宏介

この体験談は、特定のプロジェクト活動、時期、期間に参加した一個人の経験に基づいて綴られています。プロジェクトアブロードの各プロジェクトは、現地の需要の変化や活動の進捗状況に応じて絶えず更新されるため、同じプロジェクトに参加しても体験者が語るストーリーとは異なる経験になることもあります。また、天候の違いなどによっても経験は大きく異なってきます。まずはこのプロジェクトの詳細を見てみよう。または経験豊富なスタッフに相談してみよう

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