アフリカの医療に貢献したい

以前から、アフリカに対し医療の⾯で貢献したい、と思っていました。

そこで、⾼校⽣の⾃分でも実現することはできないかとインターネットで調べてみて⾒つけたのが、Projects Abroad でした。

ウェブ上の体験談を⾒ていると、ケニアでは医療ボランティアのみならず、マサイ族との交流やサファリでの動物観察が可能であると知り、医療以外の知⾒も得られるのではないかとケニアでの⾼校⽣スペシャル医療への参加を決めました。

渡航前の焦り

最初は、新しい⾃分を⾒つけられる良い機会だと思いとても楽しみでした。

しかし⼀週間前ぐらいになってくると、半⽉もアフリカで⽣活できるだろうか、ほかの参加者とうまくコミュニケーションが取れるだろうかと不安に思い始めました。

その思いは出発当⽇の朝も消えず、楽しみな感情と相まって不思議な気持ちでしたが、⾶⾏機が離陸した瞬間にいろいろな気持ちが吹っ切れたように感じました。

地図帳でしか⾒たことのないアフリカ⼤陸、そしてケニア。

今までの⼈⽣の中で最も壮⼤な旅になる、と確信したのもその時でした。 

ケニアでの医療ボランティア活動

活動内容としては、主に3つ。

1つ⽬はフルマ病院での医療ボランティア及び医療学習、2つ⽬は都市からかなり離れた集落への出張医療、3つ⽬は地元の⼩学校や⾼校でのファーストエイド訓練でした。

フルマ病院は診療棟とお年寄りの病棟に分かれており、診療棟ではケニアにおける患者へのトリートメントはどのようなものなのか、また医療制度において⽇本と違うところはどこなのかを学べました。

病棟では、⼊院しているお年寄りと交流したり、寝たきりの患者さんのお世話をしたりしました。

2週間のなかで⼀番活動⽇数が多かったのがフルマ病院でしたが、たくさんの意義あることを学べました。

出張医療(アウトリーチ)では、ほかの参加者たちと⼿分けして医師の診療に必要な患者の⾝⻑、体重、体温、⾎圧、⾎糖値などを調べ、薬の処⽅を⼿伝いました。

バスに乗って集落につくと我々を⾒かけた⼈が近所の⼈たちに「診療所が開くぞ〜」と呼び掛け、たくさんの⼈たちがお年寄りや⼩さな⼦供を連れて診療所を利⽤していましたから「本当に必要とされる」というのはこういうことなんだなと実感しました。

ファーストエイド訓練では、⼦供たちに緊急時にはどのような処置を施すべきか実演しました。

真⾯⽬に教えるだけでなく、時には⾯⽩く教えるのも⼤切で地元の⼦供たちも笑ってくれたので⼀安⼼でした。 

出張医療に⾏った際、⾎糖値を測る係になり、患者の中指を細い針で刺して⾎を機械のチップに触れさせなければならなかったのですが、使い終わった針を⽚付ける時にゴム⼿袋の上からその針が⾃分に刺さってしまいました。

エイズ患者の⾎液が混ざってしまうと⼤変なので、医師の⽅がその患者さんに HIV テストをしてくれました。

その結果、陰性だったので良かったですが2週間の滞在の中で⼀番焦りました。

ケニア人ホストファミリーとの共同生活

滞在したのは、ホストファーザー、ホストマザー、5歳くらいの娘、そして住み込みの家政婦さんの4⼈家族のお宅でした。

ホストファーザーは医師で、外での活動のみでなく家の中でもケニアでの医療について学べました。

家はとても⼤きく、庭もきれいで⽝や鶏を飼っていました。

僕は、他県の同級⽣と部屋をシェアしました。

初めて知り合った⼈と共同⽣活するのは初めてでしたが、お互いにいろいろな話をして楽しかったです。

ほかの部屋には、アメリカから来た⼥⼦⾼⽣⼆⼈が⽣活していて、⽇頃の活動でも⾷卓でも話をしてとても仲良くできました。

⾷事は、家政婦さんが作った料理を⾷べました。

料理はとてもヘルシーで、⾖やキャベツなどを中⼼にしたものが多く、特に⾹⾟料などもなく⾷べやすかったです。

洗濯は家政婦さんに300シリング(約300円)を払って洗ってもらうか、⾃分で洗うかでしたが、⽇本に帰ればもう⾃分で洗うことはないだろうと思い、持参した洗濯板で洗いました。

家政婦さんは毎⽇家族の⾐服を⼿洗いしていたので⼤変だな、と思いました。

買い物などに関しては、活動が終わった後、帰宅途中にモールへ連れて⾏ってもらってお菓⼦やジュースが買えました。

発展途上国とはいえ、富裕層の⼈たちは⽇本とあまり変わらない⽣活をしているなと思いました。

強いて言えば人間関係

⼤変だったことは特にありませんが、強いて⾔うなれば⼈間関係でしょうか。

最初事務所で他の参加者と顔を合わせた際、僕はあまりにもしゃべりだす勇気がなくてその⽇は⼀⽇もしゃべらずに終わりました。

しかし、その次の⽇にはアメリカ、イギリス、ベルギー、オランダ、フランスから来た⾼校⽣たちと話せるようになりました。

今思えば、あれだけみんなオープンだったのに、そこに⾶び込めなかったあの⼀⽇はとても損したなと思いました。

ただ、その⼀⽇で感じたことはとても⼤きく、⾃分の中に残るものでした。

今とこれからへの意気込み

活動を通して、⾃分の可能性を学べたように思います。

⼀⼈で何とかケニアにもたどり着きましたし、他国の⼈とも英語を話しながらコミュニケーションを取れましたから、今までの⾃分という概念を壊して少しは前よりも成⻑できたと思います。

今は帰国してすぐなのであまり実感はわきませんが、いつか⼤⼈になってあの時成⻑したな、と思う時が来ると思います。 

これからは、とりあえず勉強を頑張ろうと思います。

⼤学受験まであと⼀年半しか無いですし、まだ進路もあまり定かではないですから(笑)。

ただ、⼀つ宣⾔できる⽬標は、いつの⽇にかまたケニアに戻って何らかの形で今回の旅の恩返しをすることです。

きっとその時もケニアは僕に⼤切な何かを教えてくれるでしょうから、倍返しはできないかもしれませんが、国中の⼈たちが少しでも幸せな⼈⽣を送れるよう努⼒したいと思います。 

ケニアへの想い

ケニアでの⽇々を思い出しながらこの体験記を書かせて頂いたわけですが、⾃らの活動が2週間で終わってしまったことをとても寂しく、またケニアを恋しく思っています。

世の中の先進国の中には、発展途上国なんか⾏きたくない、本当にその国に⽣まれた国⺠はかわいそう、と発展途上国に対して偏⾒、哀れみを持ってる⼈がいますが、決してそれは正しくないと思います。

たくさんのケニアの⼈たちは国旗柄を模した、マサイ族が作るようなビーズのブレスレットをしています。

Projects Abroadの現地スタッフに、どうしてみんな似たようなブレスレットをつけているのか尋ねてみると、それはケニア国⺠の愛国⼼が強いからだそうです。

先進国に何らかの⾯で劣りはしても悲観的になったりせず、⾃分たちが持っているものを尊重し愛する、その⼼は前述のような⼀部の先進国の⼈たちよりとても恵まれていると思います。

それに気づかせてくれたケニアの⼈々やProjects Abroadのスタッフ、そして何よりも遠く離れたケニアへ⾏くことを快く応援してくれた家族に感謝しています。

充実したかけがえのない2週間をありがとうございました。

これから参加する高校生へ

出発前は不安だったり、⼼配だったりいろんな感情が芽⽣えてくると思います。

しかし、現地に到着して⾃らの⽬で⼈々の暮らしを⾒て、考えを聞いて、⾃分の意⾒を⾔ってみて⾏動する。

そうしているうちに、きっとわかってくると思います。

躊躇していたのは海外で活動することではなくて、⽇本を離れることだと。

⽂化も⾔葉も違う世界に⾶び込むことは、とても勇気がいることです。

でも、それはきっと⾃分次第だと思います。

決して巻き戻すことのできない⼈⽣の中で何を経験して、何を⾃分の宝物にするか。

これから参加する⽅は、⾃分にしかできないことや⾃分が必要とされている分野や国を⾒つけてしてみてください。

そして、そこで⾒つけてください。

周りの⼈たちがあなたに託した⼤切な宝物を。

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ケニアで医療 森慶真

この体験談は、主観に基づいて綴られています。

その時の現地の需要や活動の進捗状況、参加時期、参加期間、天候などによって得られる経験が異なりますので、あらかじめご了承ください。

ご不明な点は、お気軽にお問い合わせください。