きっかけは高校の同級生
6年前、高校でプロジェクトアブロード(PA)を利用してアフリカへ渡航した同級生の活動発表を聞いたことが、PAを知るきっかけでした。
その後、私は高校生プログラムでネパールに参加し、多くの学びや出会いを経験しました。
この体験をきっかけに、国際協力への関心を持つようになりました。
今回、大学卒業前のタイミングで、念願だったアフリカへの渡航を検討しました。
せっかく行くのであれば旅行ではなく、ボランティアとして何か貢献したいという思いがありました。
また、以前PAを利用した際のサポート体制に安心感と信頼があったことも、申し込みを決めた大きな理由です。
ケニアとガーナの活動を選んだ理由
大学卒業までの限られた3週間の中で、せっかくアフリカへ行くなら地域の異なる2か国を訪れ、文化の違いを体感したいと考えました。
また、幼い頃から好きだった動物と、自身の関心分野である途上国の教育問題の両方に触れたいと思い、2つの国とプログラムを選びました。
ケニアでアフリカ東部サバンナ環境保護・1週間
私は幼い頃から動物が大好きで、「いつか広大な大地で野生の動物に会いたい」と夢見ていました。
動物といえばアフリカというイメージがあり、以前からアフリカへの憧れを強く持っていました。
チャイルドケアや人権プログラムに参加し、週末にサファリへ行くという選択肢もありましたが、時間に追われるのではなく、保護区内で生活しながらじっくりと学びたいと思い、環境保護プログラムを選びました。
どのように動物が保護・管理されているのかを実際に見て学びたいと考えたからです。
また、課外活動で所属しているNGOの活動を通して以前から馴染みのあったケニアを選びました。
サファリではなく環境保護プログラムとしてアフリカの動物と関わることで、動物の識別方法や保護活動について学び、自然を守ることの難しさや重要性を主体的に経験することができました。
ガーナでチャイルドケア・2週間
アフリカのチャイルドケアプログラムの中でガーナを選んだ理由は、個別相談会で「アフリカらしさを一番感じられる国」として提案していただいたからです。
小学生の頃、読書感想文の課題図書で見た「赤土」の風景がとても印象に残っていました。
「赤土の国に行ってみたい!」と強く思ったことを覚えています。
日本とは全く違う文化や自然環境の中で暮らす人々への興味が、当時からあったのだと思います。
「The Africa」と感じられると紹介いただいたガーナ。
実際に訪れてみると観光客はほとんどおらず、外国人もほぼ私一人という環境で、まさに想像していた通りの「赤土」の景色が広がっていました。
ガーナで、アフリカらしい生活や文化を存分に体感することができました。
実際の活動内容
ケニアでアフリカ東部サバンナ環境保護・1週間
ソイサンブ保護区内で、キリンやサル、鳥の観察・記録、ライオンの捜索、キリンが食べる木の苗の管理などの活動を行いました。
また、地域コミュニティを訪問し、エコストーブ作りもしました。さらに、スワヒリ語やケニアの文化について学ぶ時間もありました。
動物の観察ではジープに乗って移動し、ポイントに到着すると立ち上がったり屋根に登ったりして動物を探します。
キリンは模様や過去の記録をもとに個体識別を行い、その情報を記録します。
識別方法はPAスタッフや長期滞在しているボランティアが丁寧に教えてくれました。
苦戦したのは、野鳥観察です。
遠くにいる似た鳥を見分けるPAスタッフの観察力には驚かされました。
図鑑と見比べながら、100種類近い鳥の観察と記録を行いました。
また一度だけ保護区を出てコミュニティを訪れ、レンガやセメントを使った燃費の良いエコストーブ作りを行いました。
最初は作り方が分かりませんでしたが、セメントや砂、水の混ぜ方からストーブの作り方をスタッフや他のボランティアを見て学び、4家庭に作りました。
ガーナでチャイルドケア・2週間
活動先の学校では、子どもたちの英語のスペル練習のサポート、練習問題の採点、出欠確認、1対1のレッスン、休憩時間の遊び相手などを行いました。
私が活動したTore Eikeland Primary Schoolには保育園児から小学生まで在籍し隣接する学校に中・高校生まで在籍しており、3月6日の独立記念日を前に全校イベントも行われていました。
私は、保育園児クラス(Nursery)から小学2年生(Stage2)のクラスに入り活動し、休憩時間や全校イベントでは学年問わず交流しました。
子どもたちは黒板の内容をノートに書き写していきますが、小学2年生くらいまでの子どもたちは英語でのコミュニケーションがまだ難しくスペルが分かっていないことや、算数の説明を理解しきれていないことも多く、そのサポートを主に行いました。
独立記念日前の授業ではガーナの歴史や政治について学ぶ機会もあり、日本とは異なるリーダー制度について知ることができました。
この授業で先生が「コミュニティのリーダーを学ぶ前に、この学校のリーダーは誰でしょう?」と聞くと、子どもたちが元気よく「Madam Remi!」と答え、とても微笑ましかったです。
また、Special Care(ダウン症)の児童や英語の読み書きが苦手な児童と1対1のレッスンも行いました。
先生から、児童の学習習得状況を図り強化してほしいと依頼を受けました。持参したカラーペーパーやクレヨンで教材を作成し、図書館にある本も活用しながらレッスンを行いました。
独立記念日前3日間のイベントでは、子どもたちはアフリカ布を身につけてダンスやスピーチ、教育に関するディベート、アフリカ料理対決などを披露しました。
一度にガーナの文化を体感できる貴重な機会でした。
休憩時間やイベントの合間には、教室のポスターで遊んだり、持参した紙風船や縄跳びで遊んだり、子どもたちから手遊びを教えてもらったりしました。
あちらこちらから「Madam Remi!」と呼ばれ、気づけば身動きが取れないほど子どもたちに囲まれていることも多く、とても賑やかで楽しい毎日でした。
アフリカでの現地生活
ケニア
ケニアでの1日の流れは次の通りです。
活動開始時間にもよりますが、だいたい日の出前の6:30頃に起床します。
起きてきたボランティアたちとアフリカンミルクティーを飲みながら日の出を見るところから1日が始まります。
朝食をみんなで食べたあと、ジープに乗って活動へ出発します。
朝は窓も屋根も開いたジープだと少し肌寒いため、薄手の上着を着ていました。
午前の活動を終えると、12:00前にDairy Houseへ戻り昼食を取ります。
午後の活動が始まる14:00までの間は、他のボランティアとトランプや折り紙、縄跳び、ダーツなどをして遊んだり、洗濯をしたりして自由に過ごしていました。
17:00頃には活動が終わりDairy Houseに戻ります。
夕食までの間にシャワーを浴びたり、ボランティア同士で話をしたりして過ごし、22:00頃には就寝していました。
宿泊施設は男女別の部屋になっており、リビングと庭にダイニングスペースがありました。
Dairy Houseに戻った時には、みんな基本的に、リビングのソファか庭で過ごしていました。
アフリカの食事って、豆料理ばっかりでしょ・・・と少し不安に思っていました。
しかし、PAスタッフが用意してくれる食事はとても豊かで美味しく、毎日、食事の時間を楽しみにキッチンにも遊びに行っていました。
チャーハンや焼きそば、鶏肉料理、フィッシュフライ、ポテトなど馴染みのある料理のほか、ウガリや豆料理などケニアならではの料理もいただきました。
ケニアでの休日は、ガーナへ移動する前のナイロビに前泊した1日だけありました。
その日はPAスタッフがナイロビ観光をアレンジしてくれ、Giraffe Parkやお土産店、文化や生き物について学べるミュージアムへ連れて行ってくれました。
ガイドも付けてくれたため、詳しい説明を聞きながら見学することができました。
初めに車代込みの費用を伝えてくれていたので、現地通過で支払いました。
出国時は、手配してくれたホテルにドライバーが迎えにきて、空港駐車場まで送ってもらいました。
ガーナ
ガーナでは、街中で外国人をほとんど見かけない地域だったため、街を歩くと子どもも大人も立ち止まり、不思議そうに見つめたり手を振ってくれたりしました。
「How are you?」と声をかけてくれたり、頑張って英語で話そうとしてくれたり、手を振り返すと恥ずかしそうに笑ってくれる子どもたちの姿がとても印象的でした。
到着翌日には、PAスタッフからまずガーナでの歩き方を教えてもらいました。
道路の脇には生活用水が流れる深い用水路があり、落ちないようコンクリートの蓋の上を歩くようにと教わりました。
そして、ガーナ名物のチョコレート(暑くても溶けないんです!)を片手に、学校へ通う際に使うタクシーや乗合バス「Trotro」の乗り方を教えてもらいました。
行き先の方面やジャンクション名をドライバーに伝える方法も教えてもらいました。
その際、PAスタッフが「用水路に落ちたり、知らない人について行ってしまったりして、僕を悲しませないでね。ガーナでの滞在を最高のものにしてほしい。そのために、いくらでもサポートするよ」と声をかけてくれたことがとても印象に残っています。
滞在中は24時間チャットで相談できる体制があり、些細な不安も相談することができました。
滞在先は、学校から40分くらいのホストマザー宅でした。
ホストマザーが近くの学校関係者だったので、学校の先生や生徒、教会関係者、ご友人やご家族多くの人が家を訪れていました。
現地語で会話していることが多く、会話の輪に入ることは難しいこともありましたが、日本や活動について話したりしていました。
ホストマザーがPAスタッフと密に連絡をとってくれて、通学に不安を抱えていた私のためにPAスタッフを呼んでくれたり、伝言してくれたりしました。
朝は5:50頃、ニワトリの鳴き声とホストマザーの讃美歌で目を覚まします。
7:00頃に朝食をいただき、タクシーとTrotroを乗り継いで8:30頃までに学校へ通っていました。
降りる場所の名前がきちんと伝わっているか毎回ドキドキしていましたが、乗客が現地語でドライバーに伝えてくれ、大きく乗り過ごすことはなく通学できました。
学校は14:30頃に終わり、帰りは方面が同じ校長先生と一緒に帰ることが多かったです。
放課後は近くの学校で現地語のTwi語を学んだり、その学校の先生や生徒と話したり、子どもたちに渡す折り紙を折ったりして過ごしました。
毎日学校で子どもたちにエネルギーを吸い取られクタクタだったので、20:00頃には就寝することが多かったです。
休日は家でゆっくり過ごしたり、近くのお店まで一人で買い物に行ったりしました。
また、観光スポットやクラフトマーケットへPAスタッフが案内してくれることもありました。
街中をニワトリが歩いていたり、現地語が飛び交うTrotroにドキドキしながら乗ったり、赤土で持ち物が赤く染まってしまったり、水バケツでシャワーを浴びたり…。
最初は驚くことばかりでしたが、1週間ほどで慣れていきました。
何よりも、子どもたちの笑顔に毎日癒されていました。
今回の経験を通した気づき
特に印象に残っているのは、ガーナでの経験です。
到着直後は、PAスタッフとホストマザー以外の人は信頼してはいけないのではないかと疑いすぎてしまっていました。
しかし、それでは一人で学校へ通うこともできません。
そこで、「困ったら周りの人に声をかけて助けてもらおう」と考え方を変えることにしました。
これまで海外では危機意識を強く持つようにしていたため、最初は緊張していました。
ですが、タクシーやTrotroの乗り場で行き先を尋ねると、辿々しい私の現地語の地名やジャンクション名を聞き取ろうとしてくれたり、タクシーをすぐに手配してくれたりと、多くの人が親切に助けてくれました。
外国人だからといって料金を多く請求されることもなく、むしろ温かく接してくれる人が多かったです。
知らない人同士でも楽しそうに会話をしているガーナの人々を見て、「現地語が話せたら、もっとこの温かさに触れることができるのではないか」と感じました。
学校では、「互いを思い合うこと」「ものを大切にする/共有すること」がまだまだ上手にできない子どもたちへの対応に頭を悩ませました。
授業中には鉛筆や消しゴムを奪い合い、休憩時間にはちょっかいと殴り合うが頻発していました。
鉛筆は折れて小さくなり、クラスに1つしかない消しゴムは特定の一人が独占し喧嘩で勝って貸してくれるまで次の問題を解くことはできない。
そんな学習環境です。
最初は「共有すること」を強く指導していましたが、子どもたちが育つ環境は私が育った環境とは大きく違うことに気づきました。
限られた資源の中で生活している子どもたちにとっては、順番を待つよりも喧嘩に強く主張できた人が資源を得られるという現実があるのです。
ある日、小学2年生のクラスにあえて1枚だけのカラーペーパーを渡しました。
「私もほしい」と言われても、「みんなで使ってね」と伝えました。
最初は取り合いになっていましたが、しばらく見守っていると、子どもたちの間で役割分担が生まれ、少しずつ一緒に絵を描くようになりました。
どのような会話があったのかは分かりませんが、最終的には暴力もなく、みんなで1枚の紙を使って楽しそうに絵を描いていました。
その姿を見て、とても嬉しくなり、子どもたちをたくさん褒めてハグしました。
翌日、全員分のカラーペーパーを持っていくと、子どもたちはそれぞれ描いた絵を嬉しそうに見せてくれました。
私にできることを少しずつ
ケニアでは、環境保全に対する意識が大きく高まりました。
世界各地で環境破壊が進む中で、保護区のように動物たちの生息地を守り続けることの大切さを強く実感しました。
一方で、空港近くのナイロビでは多くの車やバイクの排気ガスが立ち込めており、発展と環境保護のバランスの難しさも感じました。
また、コミュニティで出会った女性たちの社会進出や、まだ活用されていない広大な土地を見て、ケニアの人々の価値観や生活スタイルについてもっと知りたいと思うようになりました。
ガーナでは、教育の課題について強く考えさせられました。
授業では先生の説明をそのまま復唱したり、優秀な児童の回答を書き写したりすることが多く、教育の質という点で課題を感じる場面もありました。
また、学校生活を通して育まれる道徳的な価値観についても、さらに強化していく必要があるのではないかと感じました。
この春から社会人になりますが、今回訪れた国や地域の発展に直接関わる機会はすぐにはないかもしれません。
しかし、これらの国を活動地域とするNGOを応援したり、環境問題や教育問題について周囲に伝えたりすることも、私にできる大切な行動だと思っています。
ネパールを訪れた時と同じように、実際に現地で感じた経験だからこそ、これを行動の原動力とし働きかけていきたいです。
今回の滞在で、タクシーややTrotroにも一人で乗れるようになりました(笑)。
数年後に再びこの地を訪れ、どのように発展しているのか見てみたいと思います。
そしてその頃には、私自身も誰かに手を差し伸べられる力を持っていたいと思っています。
支えられて実現できた
ケニア、ガーナという日本から遠く離れた地で充実した時間を過ごすことができたのは、事前に丁寧な説明やサポートをしてくださったPA Japanスタッフの皆さま、そして現地スタッフの皆さまのおかげです。
PAのスタッフの皆さまは、安心してボランティア活動に取り組み、最大限に学びを得られる環境を整えてくださいました。
滞在中には世界情勢が変化し、帰国できないのではないかと不安に感じる場面もありましたが、Japanスタッフの皆さま、現地スタッフの皆さまが迅速に対応してくださり、大きな安心につながりました。
全ての皆さまの働きに感謝いたします。
この体験談は、主観に基づいて綴られています。
その時の現地の需要や活動の進捗状況、参加時期、参加期間、天候などによって得られる経験が異なりますので、あらかじめご了承ください。
ご不明な点は、お気軽にお問い合わせください。